2021-05-12

五月の雑感あれこれ1 音に触れる

紀平梨花選手

世選、WTT後の話が気になった。

「FSで夜型にしておくべきだった、ジュニア時代にもやってしまった調整不足。」
「イチから本気でやり直したい」

一体どうなっているのだろう。

大会直前になれば若干の変更はあるが粗々のスケジュールはシーズン初めに出ている。女子のFSが現地6pmに開始予定であることは昨年9月に発表されているのである。

また現地入りしてからの朝型・夜型の調整だけでなく国際移動で時差ボケによる失敗はジュニア時代だけではなくシニアデビュー以降も繰り返している。

公式練習では回転抜けジャンプが多かった様で、むしろSPであれだけできたことの方が不思議だった。不調の原因は体調かと最初は思っていた。大会終了後の報道などを総合すると- 本人の口からはなかなか出てこないが諸々の問題の根本の原因はメンタルにあるように今は想像している。

競技への不安などアスリートに付いて回る勝負心のあり方や現地入りしてからのメンタルの持ってゆき方などコーチ陣に相談できているのだろうか。ランビエルコーチとは言葉の壁もあろうが振付けをしてもらう以外は愛想よくしているだけだとしたらメンタル強化はまず望めないと思われる。

時差ボケ対策など試合に臨む準備の手際が整っていないというのも事実なのだろう。今季はCOVID19ゆえの不測事態が続いたシーズンだったとはいえシニア3年めとなり調整力の進歩はあまり見られない様である。アップの仕方が安定していない、と濱田コーチの口から漏れた折にはコーチが教えずしてアスリートはどうやって学ぶのだろうと思ったものだが以来2年以上経ってもあまり状況は変わっていないのかもしれない。

手厳しい濱田コーチではあるが選手のことは良く理解している-「気が小さい」との以前の指摘も当たっているのだろう。微細なことに気をとられて試合へのメンタルを安定させられなければアップルーティンでさえ不安定な状態で臨み百戦錬磨のロシアのトップスケータと一緒の公式練習で集中することは難しいだろう。

紀平選手のスケーターとしての資質は今でも世界の3指に入ると思っている。しかしその他の側面- 戦略、パッケージング、メンタル、調整 -などではトップ選手数人の中ではおそらく最下位と思われる。さいたまワールドでの一連の試合運びを見て、あれだけの力を持ち合わせていながら何故ジュニア時代に戦績を上げられなかったのか理解できた気がしていた。本当にもったいなく残念である。

五輪金と銀など過去の実績と評判、有名コーチや連盟の政治と影響力、砂上の楼閣のようなロシア選手権3連覇という記録、エレメンツやPCSの不当採点など一切の濁りを取り除いて素の実力だけみれば紀平選手はさいたまワールドでもストックホルムワールドでも1番か2番であったと思う。しかし結果は4位と7位。戦略ミス、調整不足などスケート以外の部分で負けている。連盟の影響力など選手個人の力の及ばない部分は仕方がないが様々な問題の根源はメンタルの持ってゆき方にあるように思われる。

イチから本気でやり直す- さいたまワールドの後にはそう思えなかったのだろうか。世界に「リカ・キヒラ」の名を知らしめた2018年GPSNHK杯もテストスケートに参加して出場を認められた訳で最初アサインされたGPSは仏杯の1戦だけだった。実力はあっても実績がなかった故であろう。

世界選手権の表彰台に一度も乗らずに五輪メダルを獲得した例はあまりないが- ロシアの北京五輪出場者はストックホルムワールドの出場者とは確実に異なると予想され現況では確かに五輪優勝は難しいかもしれないが来季の試合展開次第ではまだ僅かでも表彰台のチャンスはあると思う。

しかし- 今は表彰台どころか「五輪に出られるように」との弱気の言葉に変わってしまった。その上「勝負事が好きではない」と大手のスポンサーが付いているアスリートとしては禁句に近い言葉まで公にしている。

このまま「試合より練習が好き」というジュニア時代のナイーブな日本の少女に戻ってしまうかと心配していると- WTTには怪我状態で出場。ドクターストップは出なかったのだろうがかなりの痛みがあった様子である。またもや判断ミスかと危ぶんでしまった。

そういえばオーサーコーチに師事をする話も不思議だった。こちらが報道を見逃した可能性もあるがあの時オーサー側からは紀平選手のことは一言も出てこなかった。当時のオーサー門下選手を通して「(リカが来るのは)サマーキャンプの話だ」という言葉が間接的に聞かれただけだった。基本的な意思疎通、コミュニケーションを図る方途が欠如しているのかと思ったものだ。いずれにしても紀平選手の言動にはしばしば妙な感触がつきまとう。空回りが多い印象もある。

今季良くなったと思ったのはスケーティング。全日本でより洗練され美しく力強くなったと感じたのはストックホルムワールドでも同じだった。スイスで伸び伸びと練習できた成果だろうか。ブレードを自在に繰りながら身体全体を使って進む滑りが更にグレードアップして素晴らしかった。リショーSPは昨季のボーンSP、18-19シーズンのFSと共に紀平選手の器量と才能が生かされた3大秀作と思う。美しく流れるスケーティングと巧みなエッジさばきに乗ったのびやかな所作はどの試合でも見ごたえがある。

ロシアの選手たちにとって紀平選手の自滅と不調は幸運だった。ジュニア時代から通して紀平選手には負けたことがないという事を世選とWTTで定着させて五輪へ一歩駒を進めた感である。

いつまでもザンバラ髪でシニヨンは似合わないと思う幼いメンタリティを乗り越えて小さな殻を破り本来の力が出せるように願っている。まだチャンスはある- そう信じつつ応援している。

Touching the Sound

昨年5月知人から教えてもらい全米ネットTV局PBSで放送されたドキュメンタリー「Touching the Sound」を見て感想など書きたいと思ってるうちに1年経ってしまった。

今や世界のトップピアニストの1人となった辻井伸行氏の生い立ちをを追った1時間近くの番組である。

辻井氏の演奏はアメリカのヴァン・クライバーン国際コンクールで優勝した折(2009年)に初めて聞いた。少年から青年へと成長する過程にあった氏のピアノに注ぐほとばしる情熱がヒシヒシと伝わってきた。超高難度の曲を堂々と披露する姿に触れ視覚障害を持っていることが信じられないという驚きを持ち周囲の愛情に育まれたのであろう素直で屈託のない人間性に心を打たれ相まってもたらす感動は世界共通だった。演奏する姿を見て猫背気味が気になり腕に余計な負担がかかるのではないかと思ったりもした。

クライバーンコンクール以後は一度も辻井氏の事を振り返ることはなく、あれから10年以上経った。エンターテイメントの選択肢が豊富な現代にあっては何事も意識して追わなければ知らずに過ぎてしまうものである。

「Touching the Sound」は2013年の制作で初回放送は翌年だったようだが2014年当時は全く知らなかった。昨年再放送され今はPBSのサイトで見ることができる。

ビデオ:Touching the Sound

辻井氏の生い立ちとピアニストとしての活躍の様子が中心。最後15分ほど東北大震災と辻井氏の関連を描いているのは2011年のカーネギーホールでの演奏が機縁だったようだ。

ビデオ:2011年11月10日 カーネギーホールリサイタル

3回めのアンコールで自作の3・11追悼曲を演奏し顔をグシャグシャにして泣いている。制作はカーネギーホールによるものでビデオ編集でややセンセーショナライズしているキライはあるが3・11への思いとリサイタルの成功で随分感極まったようだった。

その他にもたくさんの動画がネットに上がっている。10年経って聞く演奏には格段の進歩を感じた。辻井氏ならではのブリリアントなサウンドに磨きがかかりアーチストとして徐々に大成しつつあるようだ。30代となり世界中で演奏公演をしながら作曲も手掛けG20サミットや天皇即位を祝う記念祭典でも演奏するなど大活躍。姿勢も良くなったよう- クライバーンコンクールの折には強・弱はあっても全般に重たく感じた音色が今は軽・重も表現されているように感じるのは上体が柔軟になったからかと勝手に想像している。

CDもたくさん出ているがやはり辻井氏の演奏は公演でのライブ特にオーケストラとの協演に最大の魅力があると思う。

様々な演奏ビデオの中で一番感銘したのは2013年のロンドンでのラフマニノフのコンチェルト。BBCプロムと呼ばれるサマーフェスティバルでの公演である。辻井氏の他のオーケストラとの同曲の演奏も聞いてみたがその中でも一番良いと思った。「Touching the Sound」の冒頭に出てくる演奏である。

ビデオ:2013年7月16日 ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番

オーケストラとの一体感が素晴らしく長年一緒に演奏してきたかのようである。コンチェルトならではのオーケストラとの掛け合い各楽器との掛け合いは呼吸がよく合っていて美しくメロディーを奏でている。オーケストラが前に出てピアノが伴奏的になったり逆になったりしながら途切れることなく進んでゆく旋律のフレージングが完璧なテンポで展開されている。

ラフマニノフらしい叙情性や憂愁が幾重にも重なるメロディーに織り込まれているこの曲の魅力を重量感ある辻井氏の演奏が余すところなく表現している。技巧の完成度の高さは言うまでもなく最後まできれることのない集中力は凄まじくパッションが間断なく溢れている。

ロイヤルアルバートホールは一度行ったことがある。8000人収容の会場は劇場としてはかなり大きい。毎年恒例の夏のフェスティバルらしくカジュアルな洋装の観客で埋まっている。舞台正面は立見席になっている様子。

ビデオだけでなく音源もmp3で保存して携帯でも聞いている。慣れ親しんだせいか他のピアニストの同曲を聞いてもこれを超えるものはないように思える。

2013年夏というと真央さんがこの曲を五輪シーズンのプログラムとして準備していた頃かなどと思い出す。

こちらはオフィシャルチャンネルでの最近の演奏「春よ来い」。辻井氏らしくシンプルなサウンドに明るさと温かさが込められている。

ビデオ:2020年5月 春よ来い


見ることのできない風の色、触ることのできない音の色- それを表現しているかのような辻井氏の演奏は人間に秘められた創造性は無限であることを教えてくれる。辻井氏の存在と音楽は私たちの良心を呼び起こしてくれる。

コロナが完滅し劇場が再開し心おきなくパフォーミングアーツを堪能できる日を待ち望み是非公演に行きたいと思っている。


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ご訪問ありがとうございます。

皆さまご健康に留意され安全に過ごされますように。





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